河南嵩山少林寺発祥の少林武術と日本への普及

現代の道場と活動 – 日本に根付いた「少林」の武術

第二次世界大戦後、日本国内で中国伝来の少林武術が本格的に普及した最大の要因は、少林寺拳法の創始と発展です。少林寺拳法は宗道臣(1911〜1980)によって1947年に香川県多度津町で創始された武道で、日本で独自に体系化されたものです[参考]。名前に「少林寺」を冠していますが、実態は宗道臣が中国で学んだ北少林義和門拳などの技法に、日本古来の柔術の要素や彼自身の思想を融合させた新興武道です[参考]。宗道臣自身、戦前に中国東北で白蓮拳を学び、その後少林寺で修行した経験を持つため、自らの武道に「少林寺」の名を掲げ、中国の拳禅一如(=拳と禅の合一)の教えを基盤に据えました。

創始から間もない1950年代には、少林寺拳法は全国に急速に広まりました。各地に「道院」と呼ばれる道場や支部が設立され、大学や職場にも部活動として拳法部ができるなど、組織が拡大しました。1984年時点では全国で2600支部・約100万人の拳士を擁したとされ[参考]、戦後日本発の新武道として異例の隆盛を誇りました(※この「100万人」という数字は当時の少林寺拳法連盟発表によるもので、現在の実働会員数は減少していますが、それでも約16万人といわれます)。この普及スピードと規模から、少林寺拳法は空手・柔道・合気道に並ぶ日本の主要武道の一つに数えられるまでになりました。

道場での修行と特徴

少林寺拳法の道場では、「剛柔」と呼ばれる攻防一体の技法体系を学びます。打撃技(剛法)と関節技・投げ技(柔法)を組み合わせて自己防衛する術が中心で、演武(型)や乱捕り(組手)を通じて実践力を養います。加えて、創始者が強調した精神面の教育(礼節や相互扶助の精神)も指導に含まれており、単なる格闘技ではなく「人づくりの行」としての側面があります。これは、もともとの少林寺における禅修行と武術修行の融合思想を色濃く反映したものです。実際、宗道臣は自らの道場を「金剛禅総本山少林寺」と命名し、武道とともに仏教的倫理観を説きました。戦後の荒廃した社会で若者を更生する手段として武道を用いた彼の試みは功を奏し、多くの青少年が少林寺拳法を通じて鍛錬と規律を学びました。

中国少林寺との関係

興味深いのは、現代の少林寺拳法組織と嵩山少林寺本山との交流が進んでいることです。前述のように宗道臣は1979年に少林寺を訪問して以来、技術・精神両面で「祖庭回帰」を果たしました[参考]。現在でも日本少林寺拳法連盟は、嵩山少林寺を「技術的ルーツであり精神的故郷」と位置づけています。2019年の訪中団のように、折に触れて本山参拝や合同演武会が行われ、技術交流もあります。例えば、中国の少林武僧が日本の道院で指導を行ったり、日本の高段者が少林寺で修行体験するなど相互訪問も報告されています。このように、少林寺拳法は日本で生まれ育った武道でありながら、本家中国少林寺との結びつきを大事にしているユニークな存在といえます。

その他の少林武術系道場

少林寺拳法以外にも、近年では中国直伝の少林武術を教える道場が日本に登場しています。その代表例が「河南省嵩山少林寺武術館 日本分館」です。これは嵩山少林寺武僧団が運営する武術学校の唯一の公式日本支部で、2019年10月に認可を受け愛媛県で開館されました[参考]。館長を務める日本人指導者は少林寺で長年修行した経歴を持ち、本場の少林拳法・器械術・気功などを直接指導しています。日本分館では、中国本部と連携した昇級審査も実施されており、技術の正統性が保証されています。このような道場はまだ数は多くありませんが、少林功夫に魅せられた日本人が「本物志向」で通う場として注目されています。

また、秦西平師範(釈延平)という嵩山少林寺第三十四代最高師範が日本で活動しており、東京・新宿で少林武術と気功の教室を開いています[参考1][参考2]。秦師範は16歳で少林寺に入門し正統を修めた中国人武術家で、全日本少林寺気功協会を立ち上げ、日本各地で少林寺拳法・気功の普及に努めています。彼のクラスでは長拳(少林寺長拳)や羅漢拳など伝統拳法から、易筋経などの少林気功まで幅広く学べ、老若男女の門弟が健康増進や武術修行に励んでいます。秦師範のように、中国から招聘された少林武術の専門家が日本に根を下ろし指導しているケースも徐々に増えており、これも現代日本における少林武術普及の一側面です。

武術競技とイベント

現代日本の少林武術コミュニティでは、演武会や競技会も盛んです。少林寺拳法連盟では毎年各都道府県で大会が開催され、大学生部門・社会人部門で技を競っています。特に学生層では、全日本学生少林寺拳法大会(インカレ)が格式ある大会として定着しており、第57回大会が2023年11月に日本武道館で開催されました[参考]。多くの大学拳法部が予選を勝ち抜き、自由組演武や団体演武の部門で全国優勝を目指します。たとえば岡山大学少林寺拳法部の選手は2023年大会で自由組演武の部に出場し、健闘して12位に入賞したと報じられています。初心者から始めた女子学生が全国大会で演武するまでに成長し、「支えてくれた仲間や指導者に感謝しつつ全力を出し切った」とコメントする様子も伝えられ、武道を通じた人間的成長が伺えます。

さらに、近年は中国武術全般(Wushu)の競技大会にも日本人選手が参加しています。日本武術太極拳連盟が統括する武術競技には、長拳や南拳、太極拳などの套路競技に少林系の拳法も含まれています。2017年にロシア・カザンで開催された第14回世界武術選手権では、日本の大学生・池内梨沙選手が剣術で銅メダル、棍術で銀メダルを獲得する快挙を遂げました[参考]。この大会には64か国から約900名が参加し、池内選手はその中で堂々の表彰台に上っています。彼女は「帰国後も慢心せず修練を積み、次は金メダルを狙いたい」と語り、日本人が少林系を含む中国武術種目で世界と渡り合っている事実を示しました。こうした競技面での活躍は、日本国内の少林武術愛好者に大きな刺激を与え、若い世代の競技志向の練習者も増えています。

このように、現代日本における「少林」の名を冠する武術活動は、伝統的な道場修行からスポーツ競技まで多岐にわたります。少林寺拳法という日本発祥の武道が全国組織として根付きつつ、中国直伝の少林功夫道場も存在感を増しています。