メディア文化への影響 – 映画・漫画が広げた少林イメージ
少林武術が日本で広く認知される上で、メディア(映画・漫画・テレビ)の果たした役割は非常に大きいです。とりわけ1970年代以降のカンフーブームと1980年代の中国功夫映画の流行は、「少林寺」の名前とそのイメージを日本の大衆文化に浸透させました。
香港・中国功夫映画ブーム
1970年代初頭、香港のアクション映画スターであるブルース・リーが世界的なカンフーブームを巻き起こし、日本でも熱狂的に受け入れられました。1973年公開の『燃えよドラゴン』は日本で大ヒットし、それに伴って当時は空手ブームが起きたとも言われます[参考](ブルース・リーの影響で若者が武道に関心を持ち、手近な空手道場に通う例が増えたため)。このブームは中国武術そのものへの直接的理解というより、「東洋の格闘技はクールだ」という風潮を生み、日本の格闘漫画や映画にも影響を与えました。
その後、香港映画のジャッキー・チェンやジェット・リーらの作品が1980年代にかけて日本でも次々に公開され、カンフー映画というジャンルが定着します。中でもジェット・リー主演の中国映画『少林寺』(原題:少林寺、1982年)は日本で空前の大ヒットとなりました[参考]。この映画は中国嵩山少林寺で撮影され、実際の少林武術家たちが多数出演した本格的カンフー映画です。日本では1982年冬に公開されると、その年の外国映画配給収入でトップクラスとなる成功を収め、ジェット・リー(当時新人)も一躍スターチャンとなりました。映画の宣伝コピーには「世界が震撼した壮絶カンフー!」といった煽り文句が踊り、「カンフー=少林寺」というイメージがこの作品によって不動のものとなったと評されています。実際、映画『少林寺』によって日本の一般人にも「嵩山少林寺」の存在とそこが武術の聖地であることが強く認識されました。「少林拳」という言葉も広まり、公開当時は子供たちが真似して雑誌付録のヌンチャクを振り回す姿が見られたほどです。
日本映画・ドラマでの扱い
日本国内の映像作品でも、「少林寺」を題材やモチーフにしたものがいくつか制作されています。その代表例が1975年の千葉真一主演映画『少林寺拳法(英題: The Killing Machine)』です[参考]。この映画は宗道臣の半生をモデルに、戦中・戦後をたくましく生き抜き少林寺拳法を創始する物語を描いた作品で、当時のアクション娯楽映画として人気を博しました[参考]。作中では中国で修行する場面や、「少林寺」の名を冠した道場でチンピラを相手に戦うシーンなどがあり、日本人にも少林寺拳法=中国伝来の強い拳法というイメージが植え付けられました。主演の千葉真一は実際に少林寺拳法五段の有段者であったこともあり、そのリアルな演技は説得力がありました。この映画は日本のみならず香港でも上映され、逆に中国側に日本の少林寺拳法を紹介する役割も果たしています。テレビドラマでは、1970年代の特撮ヒーロー番組やカンフー番組に「少林拳の使い手」が登場することもありました。例えば『正義のシンボル コンドールマン』(1975年)では敵幹部に「少林拳士」が設定され、少林拳法の使い手という触れ込みで主人公と戦う場面があります(かなりフィクショナルな描写でしたが、少林=強敵の図式が窺えます)。
漫画・アニメでの影響
日本の漫画・アニメ作品にも少林武術の影響は多大です。なかでも武術漫画『拳児(けんじ)』は、中国武術ブームに火を付けた作品として知られます。原作を中国武術研究家の松田隆智氏が手掛け、1988年から90年代前半に週刊少年サンデーに連載されたこの漫画は、八極拳をはじめとする中国拳法の奥義をリアルに描写し、多くの若者に中国武術の魅力を伝えました[参考]。『拳児』の連載当時、日本でも「中国武術を習いたい」という若者が増え、一部は実際に中国に渡って修行するほどの社会現象となりました。現在武術指導者となっている人の中にも「『拳児』に影響されて武術を始めた」という世代が少なくありません。ただ、当時は情報が限られていたため、松田氏の描いた中国武術像には現在の知見から見ると不正確な部分もあるとされています(例えば劇中に登場する秘伝拳法の設定など)。それでも、『拳児』が伝えた「ロマンあふれる中国武術の世界」は日本の読者に強烈な印象を残し、少林寺や八極拳といった用語が一般の少年少女にも浸透しました。
アニメでは、直接「少林寺」を扱った作品は多くないものの、中国武術のキャラクターはしばしば登場します。たとえば少年漫画原作のアニメ『鉄拳チンミ』は架空の中国を舞台に少林寺拳法風の技を駆使する少年の成長を描いた物語で、1988年にテレビ放映され人気を博しました。また、『ドラゴンボール』シリーズのクリリンというキャラクターはお寺の修行僧出身という設定で、スキンヘッド姿や胴着の風体は少林僧を彷彿とさせます(作中では「多林寺」という架空のお寺の出身となっていますが、明らかに少林寺のパロディでしょう)。ゲームの世界でも格闘ゲーム『ストリートファイター』シリーズに「ゲン(幻)」「フェイロン(飛龍)」といった中国拳法使いのキャラクターが登場し、その中には少林拳の使い手設定の人物もいます。これらはフィクションではありますが、日本人にとって「中国拳法使い=少林寺拳法の達人」という図式がエンタメの中で定着していることを示しています。
メディア報道と観光イメージ
少林寺そのものも、1980年代以降は観光地・世界遺産としてメディアに取り上げられる機会が増えました。中国政府が少林功夫を文化ブランドとして世界に発信すると、NHKなど日本の報道番組でも「嵩山少林寺武僧団が○○国で公演」「少林寺、ユネスコ世界遺産に申請」[参考]といったニュースが流れました。例えば2008年前後には少林寺の世界遺産登録(2010年に「天地之中」の一部として正式登録)が話題となり、日本の新聞でも「あのカンフーの聖地、世界遺産へ」と報じられました。また現在では旅行ガイドブックやウェブサイトでも「河南嵩山少林寺—天下第一の名刹でカンフーショーを見学できます」と紹介され[参考]、少林武術公演が観光客向けアトラクションとして定番化しています。日本人旅行客にも、河南省を訪れて僧侶たちの演武を見るツアーが人気です(TripAdvisor等でも絶賛のレビュー多数)。このようにメディアと観光産業を通じ、「カンフーの聖地・少林寺」というイメージが確立され、日本国内でも少林寺は「一度は訪れてみたい場所」として認識されています。
総じて、日本のメディア文化は少林武術に対しポジティブでロマンに満ちたイメージを与えてきました。もちろん、映画や漫画では誇張や脚色もあります。一方で、フィクションをきっかけに少林武術への関心を持ち、そこから実際の歴史や哲学に踏み込んで学ぼうとする人もいます。メディア文化は誤解やステレオタイプも与えますが、それ以上に遠い異国の伝統への入口として機能している面があります。少林武術に関して言えば、幸いにもその魅力が誇張されこそすれ否定的に扱われることは少なく、日本における受容は極めて良好だったと言えるでしょう。今後も映画やアニメを通じて新たな世代に少林の魅力が伝わり、そこから実際の文化交流へと発展していくことが期待されます。