教育機関・大学での取組 – 武術を通じた学びと交流
日本における少林武術の普及は、教育現場や大学にも見ることができます。学校の部活動や大学サークル、さらに学術研究の題材として、少林由来の武術が取り入れられているのです。
中高の部活動:少林寺拳法部
少林寺拳法は1950年代以降、学校教育の中にも浸透しました。高校体育の選択武道科目として正式に採用されてはいませんが、多くの中学・高校で少林寺拳法部が部活動として存在しています。首都圏では、約350校の中学校中21校、約980校の高校中45校に少林寺拳法部があるとのデータがあります[参考]。これは剣道部や柔道部などに比べれば少数ですが、少なくとも首都圏で数十校に及ぶ学校が拳法部を設けているという事実は注目に値します。拳法部では有段者の教員や地域の拳士が外部指導員となり、生徒たちに基本から組手まで指導しています。他の武道部同様、男子生徒が主体ですが、女子部員も徐々に増えつつあります。しかし普及度は決して高いとは言えず、「空手部や柔道部に比べマイナーで部員集めに苦労する」という声も聞かれます。一部の私立学校では少林寺拳法を特色ある教育プログラムとして位置づけ、礼法教育の一環に取り入れている例もありますが、大半は地味なクラブ活動の域を出ません。ただ、そのような環境でも熱心に活動を続け全国大会で成果を上げる高校もあり、例えば京都府の京都女子大学付属高校は女子団体演武で全国3位に入賞した実績があります[参考]。このような学校単位の取り組みが細々とでも続いていることは、少林寺拳法が青少年育成に貢献している一面を示しています。
大学の少林寺拳法部
大学でも少林寺拳法部は広く存在し、全日本学生連盟が組織されています。多くの大学が体育会クラブとして拳法部を持ち、毎年インカレ(全日本学生大会)や地域リーグ戦に参加しています[参考]。中央大学や早稲田大学、同志社大学など主要大学にも伝統ある拳法部があり、例えば同志社大学は2023年インカレの女子団体演武の部で優勝を果たしています(YouTube上で演武映像が公開され話題になりました[参考] )。大学の拳法部は男子だけでなく女子部員も比較的多く、護身術として習得したいという女性学生のニーズにも応えています[参考]。拳法部で活動した学生が卒業後も地元で道院を開設したり、企業に拳法クラブを立ち上げるケースもあり、大学武道として培った人脈が普及活動へ繋がっています。また、大学によっては一般教養科目に「少林寺拳法」実技を開講している所もあります。このように高等教育の場でも少林武術が一定の地位を占めていることは、日本の武道教育の多様性を示すものです。
大学間交流と留学生
少林武術を通じた日中大学生交流も行われています。日本体育大学や鹿屋体育大学など武道系の学部を持つ大学では、中国の体育大学との交流試合や合同合宿を実施してきました。例えば日本体育大学は1980年代から北京体育大学との間で武術太極拳や散打(サンダー)の技術交流を行い、互いの学生がデモンストレーションを披露し合う機会を設けています(大学公式ニュースに「北京体育大学武術班来訪、日中学生が合同演武会開催」といった記事が見られます)。また近年では、中国の大学に留学して武術を学ぶ日本人学生も増えており、北京体育大学や上海体育学院、嵩山少林寺武術学院などに短期留学する例があります。前述の池内梨沙選手も大学在学中に英国留学を経て武術選手として活躍しましたが[参考]、他方で中国で直接武術留学した学生も国内大会で成果を上げています。実際、嵩山少林寺武術館日本分館では、希望者を中国本部へ武術留学させる支援も行っており[参考]、現地での強化合宿や弟子入り体験に参加した日本人青年の声が紹介されています。「中国人の少年僧たちと一緒に早朝から棍を振った」という留学体験談は、日本では得られない貴重な経験として語られていました。こうした留学帰りの学生が日本で指導者となり、本場の技術や文化を伝えていくことで、教育現場に新風を吹き込んでいます。
学術研究の対象として
少林武術はまた、日本人研究者にとっても興味深いテーマとなっています。宗教学・歴史学の分野では「少林寺僧兵の史実」や「明清期の少林拳法伝承」が研究対象となり、論文が発表されています。体育学・文化人類学の領域でも、中国武術の伝承メカニズムや身体技法について研究した例があります。日本武道と中国武術の比較研究では、共通点と相違点を通じてお互いの文化を照らし出す試みがなされています。例えば、「剣禅一致」と「拳禅一如」の思想比較、武術套路(型)と日本古流武術の形稽古の比較などが論じられています。京都大学や筑波大学には中国武術を専門にする教授がおり、中国武術史の講義が開講されたこともあります(残念ながらコロナ禍で休講になった例もあったようですが)。また、少林寺拳法そのものも研究対象となり、社会学的に「戦後日本社会における新興武道運動」として分析した論考もあります。こうした学術的アプローチは一般には目立ちませんが、武術文化が「学ぶに値する伝統」として認識されつつある証といえるでしょう。
学生交流イベント
加えて、少林武術をテーマにした日中学生の交流イベントも催されています。例えば2020年には日本の大学武術サークルと中国の武術社団がオンライン交流会を行い、互いに演武動画を見せ合って技術や修行法についてディスカッションする催しがありました(在日中国文化センター主催のオンライン武術交流会[参考])。学生たちは言語の壁を超え、筋斗雲拳や截拳道など好きな武術談義で意気投合したそうです。また、コロナ前には「日中青年交流訪中団」として日本の武道経験者の学生が中国の少林寺や武術学校を訪れ、現地学生と合同稽古・試合を行うプログラムも実施されました(外務省の青年交流事業の一環)。このような場では、最初こそ互いに遠慮がちだった若者たちが、いざスパーリングや型演武になると一気に打ち解け合うという微笑ましいエピソードが報告されています。「拳を交えて語り合えば心が通じる」というのは決して理想論ではなく、共通の武術体験が友情を育む実例と言えます。
以上のように、日本の教育機関・大学における少林武術の取り組みは、部活動・サークルとしての実践から学術研究、そして国際交流にまで広がっています。教室や研究室で出会うだけではなく、道場や体育館で汗を流しながら異文化交流ができる――少林武術はそうした生きた学びの媒体にもなっているのです。