気功・健康面の応用 – 少林武術の養生法と日本社会
少林武術には闘争の技だけでなく、気功(きこう)や伝統医療と結びついた健康法の側面があります。日本でも、この健康面での少林の知恵が注目され、広く取り入れられています。
気功ブームと普及
1980年代末から1990年代初頭にかけて、日本では空前の「気」ブームが起こりました[参考]。雑誌やテレビで中国の気功師が紹介され、超能力めいた現象や健康効果が話題となった時期です。多くの気功教室が開かれ、太極拳も含めた中国健康体操がブームになりました。この流行の中で、「少林寺気功」もクローズアップされました。少林寺には代々伝わる秘伝の養生功法があり、中でも易筋経(えききんきょう)や洗髄経(せんずいきょう)といった気功法は有名です。日本の愛好家はそうした書物を読みあさり、実際に嵩山少林寺へ渡って気功を習得する人も現れました。一方でブームには玉石混交の側面もあり、「少林秘功」を謳う怪しげな指圧療法やグッズ販売なども登場して社会問題になった例もあります(※いわゆる気功詐欺)。そのため一時は気功への懐疑論も出ましたが、ブームを経て良質な部分が定着し、現在では過度な神秘化を排した健康法の一つとして息長く普及しています。
全日本少林寺気功協会の活動
日本で気功・健康法としての少林武術を広めている代表的団体が、冒頭でも触れた全日本少林寺気功協会です。中国嵩山少林寺第34代最高師範の秦西平氏(釈延平)を会長とし、各地で少林寺気功と武術の指導を行っています[参考]。東京・新宿に本部教室があり、「門外不出の気功法を直接伝授」とうたって定期教室を開催しています。具体的には、八段錦(気功の基本功)、少林内功、硬気功、薬功法など多彩なプログラムが提供され、参加者は老若男女問わず、自身の体調に合わせて鍛錬できます[参考]。協会によれば、少林寺の気功法は心身の潜在能力開発に極めて有効で、継続することで体力向上やストレス軽減が期待できるとのことです[参考]。指導員養成コースも設けられており、日本人の資格取得者が各地で教室を開くことでじわじわと広がりを見せています。
太極拳・養生法との関連
少林寺気功に限らず、中国発の健康武術として最も広まっているのは太極拳でしょう。太極拳自体は武当派(道教系)の由来で少林とは系統が異なりますが、日本では「中国武術=太極拳や気功」のイメージが強く、公園で高齢者がゆったりと演武する姿が定番化しています。少林武術も同様に、動的な体操として捉え直され普及している部分があります。例えば少林拳を簡易化した「少林体操」のようなプログラムや、基本功をリハビリ運動に応用したケースもあります。整形外科クリニックで易筋経をベースにしたリハビリ体操クラスが行われたり、企業のメンタルヘルス研修で坐禅と少林気功を取り入れたりと、健康増進分野での採用事例が報告されています。
日本少林寺拳法グループもまた、高齢化社会への対応として健康プログラムに力を入れ始めています[参考]。2020年に宗由貴師家から宗昂馬師家へ継承された際、「超高齢社会に対応した少林寺拳法健康プログラム・介護技術に新たに注力する」と表明されています。実際、護身術が女性の間で再評価され入門者が増えている現状も踏まえ、激しい試割りよりも転倒防止や介護現場で役立つ動きに焦点を当てた指導法が開発されています。これは少林寺拳法が「社会福祉に資する武道」へと進化しつつあることを意味し、仏教僧院で発達した武術が巡り巡って人々の生活支援に役立てられている点は興味深いところです。
少林武術に内包された「調身調心」の知恵は、ストレス社会と言われる現代日本において価値あるものとして静かに受け入れられています。武術と聞けば若者の激しいスポーツを連想しがちですが、その根底にある健康養生法は老若男女すべてに資する普遍性を持っています。かつて達磨大師が少林寺の僧たちに伝えたとされる健康法が、1500年の時を経て日本の市民の健康維持に役立っている光景は、文化交流の妙と言えるでしょう。今後、日本の社会福祉やヘルスケア分野で少林由来の技法がさらに活用されていく可能性もあり、その動向にも注目していきたいところです。